ドイツに行きたい

「やぁ、調子はどうだい?」
まだ6月だというのに、室内の温度計は32度を超えるなか、ベッドのシーツの染みと同化しようとしていた私にチャットのメッセージが届いた。
「もう死にたい。」
先月、カンボジアに旅行行った後に体調が悪くなり、喀血&血尿。起き上がれなくなり従妹に病院に連れて行ってもらうと、急性糸球体腎炎(?)と診断され緊急入院。誤解が無いように言うと、カンボジアで変な遊びしたわけじゃないよ。行く前から調子悪かった。
4日後、やっと退院できたと思ったら、職場だったホテルが営業停止になっていた。派遣会社に電話したら、先週の時点で首になっていた。最後の給料ちゃんともらえるのかって聞いたら、電話を切られた。
「もうこのまま死ぬ。」
「そうかぁ。それはさておき、徳国(ドイツ)に行ってみない?」
「行く!!」
「え、即決!?体調悪いんでしょ?あと、普段の仕事は?」
「大丈夫。仕事は辞めた。」
ちょっと見栄をはった。まぁ、ホテルが営業停止になったのが悪い。私のせいじゃない。
「まぁ、とりあえず説明するね・・・。」
社長さんがチャットに長文を入力しはじめた。

ポケモンがほしい

「こないだ、お客さんとガールズバーに言ったら、ポケモンGOの話題で盛り上がっちゃって。で、ドルトムントで今度やるフェスに行って、youtubeにアップする素材を撮ってきて欲しいんだよね~。」
この日本人は時々翻訳ソフトが全く太刀打ちできない会話を送ってくる。とりあえず、会社の金を使っていかがわしいお店に行ったことは解った。ポケモンGOは知っている。中国では基本遊べないのだが、前に香港に出張したときに同行者の勧めでインストールしてみたのだ。ピカチュウを捕まえて帰って、従妹に自慢しようとしたらログインすらできなくて悲しかったのも香港のいい思い出だ。
「残雪ちゃん、ビザが必要だと思うんで、さっそくビザ申請して欲しいんだよね。7月4日から8日の日程で。」
「わかった。」
本当はよくわかっていなかったが、ドイツに行ってポケモンGOをやれば、旅費も食事代も出してくれるということなら大歓迎。もしかすると、通訳の時にもらっている分の給料もくれるかもしれない。
ドイツの観光地からブログ更新したらイイネ何件くらいつくだろう?この時すでに心はヨーロッパの古城に飛んでいて、待ち受ける困難など露ほども考えていなかった。

ビザがほしい

どうやら、ドイツに行くにはシェンゲンビザというビザが必要らしい。台湾の許可証もカンボジアのビザも何とかなったからドイツも何とかなるだろう、という考えは、スマホでドイツ大使館のホームページを開くなり打ち砕かれた。ドイツ語って英語じゃないんだ。まったく読めないんですけど。表示言語を中国語に切り替えても、ビザの説明ページから先に進もうとすると、またドイツ語に切り替わって同じところをぐるぐる回ってしまう。30分くらい粘ったのち、諦めてパソコンを立ち上げる。検索すると、別ページにシェンゲンビザの申請方法が書いてあった。なになに、シェンゲンビザは申請から取得まで、15日から20日を要します、と書いてある。今日は6月13日、超ギリギリじゃないか!しかも、保証金3万元(日本円で50万円くらい)必要!?そんな金があったら平日昼間から蛋黄哥(ぐでたま)ごっこしてないわ!
社長さんに3万元くれ、と言ってみる。さすがに断られる。仕方ないので、ちゃんと説明すると、中国法人の経理に頼んで、3万元を銀行口座に振り込んでくれるという。貸すだけだから、預金証明とったら返して、と念を押される。けち。
銀行に電話して、預金証明の取得方法を聞くと、案の定、窓口に行かないといけないらしい。しかも今日はもう窓口は終了している。明日行くしかない。ビザ申請できるのは明後日か。

傘がほしい

翌々日の上海は大雨だった。上海は雨が降ると、まったくタクシーがつかまらない。地下鉄は好きじゃないが仕方ない。そもそも、ネットで調べるとビザの申請書が2ヵ所でてくる。静安寺の近くの、徳国駐上海総領事館領事査証処と、河の近くの徳国査証中心。ほかにも外企德科査証德国受理中心とかもある。説明を読んでもよくわからない。とりあえず、名前的に偉そうな徳国駐上海総領事館領事査証処に向かう。SOHO東海広場というでかいビルの8階。エレベーターに乗ると、ビザ申請と思わしき人たちが何人かいる。どうやらここで正解だったようだ。

ところが、エレベーターを降りると、ガードマンが立っていて、予約票を見せろ、と言い出した。そんなものはない。そしたら、ビラを1枚渡されて、追い出されてしまった。ビラを読むと、ネットで予約をしないといけないらしい。ガードマンにどうやって予約をするのか聞くと、紙を見ろ、と冷たくあしらわれた。ひどい。
ビラにあるURLにアクセスしてみても、まったく予約の仕方がわからない。少なくとも、ネット関係についてドイツは中国人を歓迎していないらしい。スマホだとにっちもさっちもいかないので、経理に電話して事情を説明する。調べてもらっている間、喫茶店で時間をつぶそうと外にでると、雨はさらに激しく、完全に土砂降り。元々私は運がいいほうじゃないのは自覚しているけど、今日は特にひどい気がする。悪い時には悪い事が重なるものなので、なるべくおとなしくしているのに限る。早く家に帰ってベッドで丸くなりたい。
そんなことを考えながら、ロビーでスマホゲームをやっていると、経理からチャットが来た。予約できた。明日の朝8時。え、それって今日家に帰れないじゃん。ベッドで丸くなりたいと考えていたのを悪意の神様に読まれた気がする。とりあえず、今日はホテルに泊まるしかない。
経理の説明によると、明日は徳国査証中心にいかなくてはいけないとのこと。でも、徳国駐上海総領事館領事査証処には、ビザを求めて来ている人がいっぱいいる。本当にここではないのか?でも、予約票には河の近くの久事大厦と書いてある。不安なので、電話してみる。この電話番号は使われないとアナウンスされる。ますます不安になる。でも、おなかが減って靴が濡れて最低の気分だったので、とりあえずホテルで寝る。