航空券がほしい

翌日はどんよりとした曇り空で、全然気分は晴れなかったが、靴がぐちょぐちょにならないだけまだましだった。駅前の小楊生煎で焼き小籠包をつまむと、久事大厦に向かった。
ビルの入り口で予約票を出して入ろうとすると、またガードマンに止められる。予約票を見せると、ここじゃない、とだけ言われて追い出される。おい、まじかよ。予約票にある電話番号に電話してみるが、やっぱり使われていないというアナウンス。やっぱりSOHO東海広場だったのでは?でも今からじゃ間に合わない。どうしよう。
「何かあったか?」
ロビーで挙動不審していると、ガードマンに声をかけられた。とりあえず、上のガードマンが私にとても冷たい対応をしたこと、昨日からとても運が悪くて、家に帰れなくなって、今日はちょっと風邪気味で、もしかしたらSOHO東海広場に行かなくてはいけないかもしれないけど、電話がつながらなくて、もう予約の時間が過ぎてしまって途方に暮れている、みたいなのこと話したと思う。

「ビザの申請の入り口はここじゃない。東側のエントランスだ。」
なんと!今回上海にきて、初めてまともな回答をきけた気がする。しかも、このガードマンは一緒に東口まで案内してくれた。ガードマンにも優しい人はいるらしい。
東口を入って4階に行くと、今回はあっさり中に入れてくれた。遅刻していたが、機械から排出された予約番号を渡され、呼ばれたら窓口に行くようにと言われる。なんか順調じゃん!
窓口で書類を提出する。座って待っていると、呼び出されて、ホテルと航空券を出せと言われる。ビザ申請時には航空券いらないはすでしょ?というと、予約を出せと言ってくる。いや、今時そんなものないから、ネットで予約したら、即入金、発券ですよ。しかし、窓口の人は出せとしか言わない。こっちの言うことに全く聞く耳を持たないみたいだ。
しかたないので、また経理に電話して、かくかくしかじかと話すと、ホテルと航空券をとってくれた。お金があるってすごい。どうやって印刷しようか悩んでいると、さっきのガードマンが印刷してきてくれた。ガードマンの好感度あがりまくり。
しばらくすると、また窓口に呼び出されて、シェンゲンビザ取るには保険に入らないとだめだから1000元(約15600円)出せと言われる。いや、予定外に1泊することになったし、1000元払ったら、ビザの申請費用なくなってしまう。でも、相変わらず聞く耳持たないので、経理に電話して送金してもらう。世の中やっぱりお金だと思った。後で調べたら、一番少ないオプションだと47元でいいらしい。だまされた。やっぱりついてない。早く家に帰りたい。

動画が欲しい?

「なんかあなた宛てにいろいろ荷物がとどいたのだけど。」
合肥に戻った翌週、経理からチャットがきた。送られてきた写真を見ると、心当たりがない機械がいろいろ写っていた。しばらくすると、社長からもチャットがきた。
「あー、もう届いたか。とりあえず、今回必要な物を一式注文しておいた。コンセントアダプター、欧州SIM、モバイルバッテリー、アクションカメラ、SDカード。」
「アクションカメラって何?」
「ほら、動画投稿サイトとかで、頭にカメラつけて、ずっと撮影してるやつあるじゃん。フェスの当日、あれつけてずっと動画とって欲しいんだよね。SDカードの容量は16時間もつやつにしといたので、途中カメラのバッテリー入れ替えれば、フェス中の8時間はまるまる撮影できるとおもうんだ。」
「ほかにも、プレイ中の画面を録画して欲しいので、AZ スクリーンレコーダーを端末にインストールして、設定しておいてほしい。でも、こっちは常時つかっちゃうと、端末の容量も電池もなくなっちゃうので、新しいポケモンを見つけたときとか、交換の時とかにだけ使って欲しい。まぁ、その辺は追々レクチャーするよ。」
「わかった。」
わからないけど、何とかなるだろう。

証拠がほしい

暑くて寝ていられないが、起きあがってエアコン点けるには気合が足りない状態で火曜の午前中を葛藤していると、知らない電話番号から電話が来た。でてみるとドイツ領事館のスタッフだった。
「残雪さんですね?ビザの申請の件で確認したいことがあります。」
一気に目が覚めた。
「今回、観光目的でシェンゲンビザを申請されていますが、用途は観光で無く見受けられます。ビジネスの場合、招聘会社の資料を提出してください。」
「いえ、観光です。招聘した会社とかはありません。」
「あなたは女性一人で滞在期間も4日だけ。他の観光旅行者はだいたい1週間は滞在する。」
「私は8月5日にドルトムントにポケモンを捕りに行くので、この日程なのです。」
「それは、仕事ですね?」
「・・・・・・!ポケモントレーナーはゲーム内の架空の仕事です!」
「何をおっしゃっているのかわかりません。ゲームをするのに2万元(30万円強)使って、往復30時間かけてドイツに行くというのですか?」
「そうです!」
「それは、仕事ですね?」
「ちがいます!!」
まったくポケモンGOを知らないおっさんにPokemon GO Festに参加する価値を説明するのがこれほど困難だとは思わなかった。マスキッパ1匹を捕りに行くのだって、普通ならフロリダまで行かなくてはいけないのに!
「証明をだしてもらえますか?」
悪魔の証明を求めてくるあたり、このおっさんはメディアに疎いだけでなく、学も大したことないのかもしれない。給料の高騰により良い人材が集まらないのかもしれない。電話がつながらなかったり、ホームページが間違ってたり、節々にドイツの中国への軽視姿勢が見受けられる。いや、ただ単に金がないだけか?
そんなこと言っても始まらないので、Pokemon GOが世界的に大ヒットしたゲームで、10億ダウンロードされていて、Pokemon GO Fest 2019がアメリカ外で行われる初のGO Festで、その参加券はこれだ、というのを印刷して郵送した。
家に帰ると、部屋は午前中より更に暑くなっていて、エアコン点けたら気持ちよく眠れた。

キャンセルしないで

目が覚めると、外は既に薄暗くなっていた。とりあえず、電話のことを社長と経理にチャットしたら、予想外にシリアスな返事がきた。
「もしかすると、審査落ちるかもしれないってことだよね?」
「28日過ぎると、キャンセル代が高くなってしまう。別の人に頼んだほうがいいかもしれない。」
「待って!きっと大丈夫!資料だしたから!」
上海まで行って、靴がずぶ濡れでダメになって、風邪まで引いた私の努力をここで無駄にするわけにはいかない。
「うーん。でも、もしダメだったら、計画が全部台無しに……。」
「コスプレする!前言ってた、セレナのコスプレしてフェス行くから!」
「……。」
「……。」
「ここは彼女の意思を尊重して、28日ぎりぎりまで待つのにしましょう。」
ドイツのためにいろいろ犠牲にしている気がしないでもないが、今は行けることが最優先。コスプレ用の服をタオバオで探すことにしよう。